間も無く20周年、ドーハの悲劇からジョホールバルの歓喜へ

この記事の所要時間: 340

1993年10月28日のドーハの悲劇から24年

先日Yahoo!ニュースで取り上げられていました。

サッカーに詳しくなくても、聞いたことのある『ドーハの悲劇』

もう24年も経ちました。昨日の日のように覚えている人は、ずいぶんと年齢を重ねてしまっているかもしれません😬

【特別寄稿】“ドーハの悲劇”から丸24年…知られざるカズの涙

日本のサッカーの歴史に残る試合として語り継がれています。

何が悲劇で、何が歓喜かは、Wikipediaでご参照ください。

ドーハの悲劇(ドーハのひげき, Agony of Doha[1])は、1993年10月28日[2]、カタール・ドーハのアルアリ・スタジアムで行われたサッカーの国際試合、日本代表対イラク代表戦の日本における通称である。
1994年アメリカワールドカップ・アジア地区最終予選の最終節で行われたこの試合は、試合終了間際のロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り、FIFAワールドカップ初出場に近づいていた日本代表が一転して予選敗退する結末となった。
Wikipedia

出場枠の関係で、厳しい予選リーグになり、あと少しで手に入りそうなビッグチャンスが、手からスルスルと落ちていった、と。

40歳以上の人なら夢中でテレビ中継を見ていた人も多いのではないでしょうか。

日本人
もう少しでW杯に行けそうだったのに😭


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ジョホールバルの歓喜とは?

フィービィ
フィービィ
ジョホールバルにいます

というと、

日本人
あ、サッカーのところね

とよく言われます。

ですので、『ジョホールバル = サッカーの』というのは日本の中では一般常識に。

11月16日

間も無く20周年。
そういえば、11月16日は、ジョホールバル初のIKEAのオープン日です。(どうでもいいですけど💦)

ジョホールバルの歓喜(ジョホールバルのかんき)は、1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルでサッカー日本代表が1998 FIFAワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選のアジア第3代表決定戦をイラン代表と戦い、勝利を収めたことによりFIFAワールドカップ本戦初出場を決めたサッカーの試合の日本における俗称である[1][2][3]。
Wikipedia

会場は

『ラルキン・スタジアム』。こちらではラーキンと呼ばれている場所にあります。

W杯出場が決まった瞬間の写真

ウィキペディアの写真をお借りします。

出典:Wikipedia

静寂の会場

何かのイベントが開かれるのでしょうか。とくに情報はないのですが、訪れてみました。

赤と青いの横の縞柄会場の片隅に『ジョホールバルの歓喜、フォトギャラリー』というコーナーが設けられていました。

右下の小屋みたいなところがフォトギャラリーです。

日本語で書かれています。訪問した日は閉まっていました。

外側はよく手入れがされています

行き交う人はほとんどいません。サッカーの試合が行われていないからですね。

繁華な場所から離れているため、とても静かです。



サッカーボールのモニュメントもあります。

20年前は相当盛り上がったのでしょうね。日本からも大勢の人が訪れたのではないでしょうか。



だれもいない会場。競技用のトラックにはカバーがかけられています。



会場は綺麗に整えられていました。

20年経つジョホールバルの歓喜のまとめ

  • ドーハの悲劇とセットで語られることもあります。
  • 日本のサッカーの歴史の一コマです。
  • 日本人が想像する『ジョホールバル』といえば…、一番有名なのは、この試合のことでしょうか。

 

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Phoebe
2015年から家族でマレーシアに引っ越してきました。フィービィという名前はマレーシアに来た時に、友だちが名付けてくれました。7月7日京都生まれ。今はジョホールバルに住んでいます。いまハマっていることは、ピアノと縄跳びです。弟が一人います。父の手ほどきを受けながらブログを熱く更新中❗️と言いたいところですが、まだまだタイピングはできず・・・読者としてアーダコーダいう担当です。

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